見上げた空はあまりに果てなく遠いものだけれど、別に近い存在になりたいという

訳ではないし、なりたいとも思わない。それはそれで綺麗だし、のんびりと月見を

する方が心地良い。いくら季節外れであろうが、月見は月見だ。月が出てりゃあ

文句もない。

「れいむーおかわりー」

「…もう切れたわよ」

あんたがそんなに飲むからでしょう、と私は空になった酒瓶を取り上げて溜息を吐

いた。

「じゃあれーむのくれよ」

なんたってもう台無しだ。家にある最後の一瓶(率直にいえば今わたしが飲んでい

たものだ)に手を掛け引き寄せると、彼女はその縁に口を付ける。やられた。瓶に

は少量しか残っていなかったが、それを空にした彼女は満足そうな顔をして横た

わった。

 

地底の異変を解決してから帰ってきて三日が経ち、溜まった疲れはほとんど取れ

てしまっていた。掃除も炊事も今まで通り普通にこなすし、それなりに普通の生活

に戻りつつある。しかし彼女はといえば別だった。表情も態度も普段とあまり変わ

らないのに、帰ってきてからほとんど家から出ていないらしい。

酒を持って誘えば何事もなく普通に付いてきたけれど、今朝、文が教えてくれな

きゃ私だって気づかなかった。

「どうしたのよ、最近」

「んー…どういう?」

「ほら、疲れてるとか、あるでしょう?」

「あー……風邪とか?」

「や、そんな風には見えないけれど」

月が灰暗い雲と重なって、欠ける。雲の進みが遅い今宵は風もあまり吹いていな

い(まあ、彼女の心は吹き荒んでるかもしれないのだけれど)。酒を飲んだ後は

いつもこうだし、口調こそ普段と全然変わらないが、今日はどこか落ち着いた調子

で柔らかく喋っているように感じた。普段聞き流している酔った彼女の戯言にもす

すんで耳を傾ける程度に。

「なんか、私も感覚ないんだけどさ。久々にこっちに戻ってきて、その…ホーム

シック?だった訳じゃないんだけど、戻ってきて嬉しくてさ。でもなんか皆に会いに

行く気分になれなくて、、さ、」

「じゃあ今日季節外れのプチお月見に呼んだ私ってなんなのよ」

「項目外」

あ、そう。一通り自分なりに解釈して、彼女の数日間を思い浮かべた(となると、た

だ酒に釣られた訳じゃないのね)。

彼女が家でぼんやりしている光景なんて、少し昔の私なら大笑いモノだ。よくわか

らないけど、今はそれが少し微笑ましかった。

「なんか…人間らしいわね」

「はぁ?意味わからん」

「繊細だなあってことよ」

ますますわかんねえよ、と彼女から笑いが零れて私も口を緩めると、がばっ

と起き上がって一伸び。彼女はいつもの彼女だった。

 

 

「魔理沙ー、布団敷くわよ」

「お、珍しいじゃん、霊夢から誘ってくれるなんて」

「ばかね、違うわよ。今から帰って寝たら起きるのは昼過ぎよ、きっと」

それに、明日はレミリア達が神社に伺うことになってるし、また家から出て

こないのも困るし、それはそれで皆も心配するだろう(こんなんじゃ、ちょっぴ

りどころかかなりお節介なのかもしれないけど)。

「言われなくても泊まってく」

「ん。じゃあとりあえずそこの酒瓶片付けてー」

「心配されたと思ったらパシリかよ…」

「"項目外"なんて言われるのも気分悪くないから、今夜はお団子でもサービ

スするわ」

月は未だ灰暗い雲が重なって欠けていた。月が沈んで夜が明けるのと、雲が過ぎ

てしまうのと、どちらが早いだろう。個人的には、せめて私たちが団子を食べ終え

て床に就くまでは薄暗く覆ってしまわないでほしい(だってお月見なんだもの)。

 

 

透きとおったエゴイズム
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2009.03.10