「うあっ―――」

漏れかけた声を抑え、口を閉じた。目の前の彼女はキョトンとした表情でどうし

たの、と訪ね、手を止める。

「え、あ、いや、なんでもない」

「そう。…痛かったら言ってよね」

細くて綺麗な指が再び差し込まれ、わたしは少しだけ背の筋を張らせる。

慣れればなんともない、こんな感覚。

 

(きもちわるい、って言ったら怒るだろうし)

 別に嫌悪の意で言うわけではない。ただ冷たい指が肌を掠めただけであり、

あくまでも慣れないゆえの妙な感覚、という意味だけれど、口にしてしまえば

繊細(でちょっぴり自意識過剰)な彼女はきっと気にしてしまうだろう。今更気に

されても特に問題はないだろうけど、折角いい雰囲気になっている今の状況を

考えるとそれは避けるべき道なのだ。

だから、髪をあれこれいじられるのなんて、どうってことはない。髪を触られ

ること自体あまり好きではないけれど、相手が彼女なら別問題だ。その上彼女

はいたって真剣だし、わたし自身、断る理由もない。

「いいなあ、髪、長くて」

「じゃあアリスも伸ばせばいいじゃん」

 手櫛が纏りを割き、撫でられた小さな髪の束が下ろされる。

自分だって髪の手入れをしない訳ではないが、普段と比べてもずっと綺麗な様

な(なんて自分の髪に対してつけるべきコメントなのかは迷うけれど)。

「しかもなんだこれ、…いい匂い」

 香よ、と彼女は勝ち誇ったような声でわたしに小さな瓶を見せた。蓋が開いて

いたそれは意識をしなくても香りが自然と鼻腔に届き、思わず目を瞑る。

「油も入ってるから、髪に付けるのにとってもいいのよ。お気に入りなんだから」

「お気に入りなのに使っちゃうのかよ」

 勿体ないの。強く刺激するわけではないけれど、この甘くてふわふわした香り

は間違いなく彼女の匂いだった。

「これで2人、同じ香りに染まっちゃおーぜ、って?」

「なによそれ、皮肉っぽいわ」

「いや、素直に喜んでるだろ」

 

 別にいいのよ、魔理沙は元々髪綺麗なんだから。しかもそんな黒白の服じゃ

折角の匂いも釣り合わないんだから。言い返すアリスを笑いながら抱き寄せると

彼女は言い諦めたように項垂れた。その綺麗な金髪からは、同じ香りがする。

 

 

其の芳香、旁にて。

 

2009.03.03